みらい21かなる

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美濃賀茂市長への控訴の論点 新しい社会保障 ミュンヘン報告 オランダ報告 成年後見制度の能力判定 新成年後見制度のゆくえ
 
オランダの国際成年後見学会への期待

日本の成年後見制度創設時の議論を、10年後に思い起こし、その後のグローバリゼーションの動きの中で、西欧先進福祉国家群の政策の転換を目の当たりにして、私はオランダで開催される国際成年後見学会に思いをはせた。  どうなっていくのだろうか?福祉国家の厚い給付が否定された今、成年後見制度体系はどのように利用されるのだろうか?地域に住む障害ある人々の生活はどのように成立できるのだろうか?
目次
  1. はじめに
  2. 会議への関心、問題意識   (1)「新」成年後見制度創設時の世界  (2)現在のEUの基本路線と政策動向
  3. 会議に先立って  
  4. 会議の印象  (1)ドイツ世話法とコモンロー諸国の動向  (2)被後見人の保護と自己決定の間で
  5. 施設見学など  (1)知的障害者施設(Esdege-Reigerstaal)見学  (2)自治体の事業の動向 
  6. おわりに
追記     信託制度を活用して障害者の在宅生活を見守っている機関の見学
成年後見法研究第5号(平成20年3月31日民事法研究会発行) 後見人制度に関するIGN(International Guardianship Network)国際会議参加報告                 社会福祉士個人事務所 みらい21かなる 山﨑 眞弓

  1. はじめに
    筆者は、「新」成年後見制度の創設時に社会福祉士会の成年後見委員会の議論にかかわり、また1998年2月、ドイツ、バイエルン州ミュンヘンにおいて35日間、主に精神障害者への世話法の関与の実態調査を経験した。当時のミュンヘンは、世話法の改正前であり、バイエルン州は財政的な逼迫から制度の改正を予定していたが、訪問した世話協会は熱気溢れていた。
    あれから10年、制度創設時の理念、社会的役割はどのように展開し、当時世界の成年後見制度改革を牽引したドイツ型(世話法)、イギリス型(持続的代理権授与法)の成年後見制度は現在どのようなシステムへと展開しているのだろうか。
  2. 会議への関心、問題意識
    ① 「新」成年後見制度創設時の世界
    今振り返ると、各国が新しい成年後見法へと制度を転換した時代は、いわゆるグローバリゼーションが進展する直前であった。わが国では2000年4月の施行となり、翌2001年4月小泉内閣が発足した。イギリス持続的代理権授与法は1986年、ドイツ世話法は1990年の施行である。
     ドイツ世話法が施行される翌々年の1992年、ヨーロッパ社会は、統一通貨ユーロの流通へむけて、マーストリヒ条約(12カ国批准)が締結され、資本や労働力の自由な移動、柔軟な価格や賃金の変動、経済構造の類似性(注1) を整える市場の統合がおし進められている。
    通貨の統合、ユーロの発足へ向けて、各国のマクロ経済パフォーマンスの改善に関する財政収支、債務残高、インフレ率、為替レート、長期金利の5点についての目標値、マーストリヒト収斂基準(注2) がまず設定され、次にこれをクリアし、マクロ経済政策の協調、そして金融政策の欧州中央銀行への一本化と3段階(注3) のステップを経て、 EUは1999年共通通貨ユーロの発足を敢行する。各国「新」成年後見制度創設は、まさにその前夜であった。

    ②現在のEUの基本路線と政策動向
    1994年に、EUでは、1985年に就任したジャック・ドロール委員長(フランス)のソーシャルヨーロッパ路線(注4) が大転換されている。各国政府の財政赤字、長期失業者問題の中、1993年12月「ドロール白書(成長、競争力、雇用―21世紀に向けての挑戦と方法)」が欧州理事会に提出され、さらに1993年11月「グリーンペーパー/ 欧州連合にとっての選択」、「社会政策白書」(注5)(1994年)では、サッチャーらニューライト側の指摘を一部入れつつ、新しい基本路線、いわゆる「欧州社会モデル」を提示する事になる。EUのホームページは、インターネット上で読む事ができるが、その動向は注目されている通りである。
    欧州社会モデルは、その雇用戦略において「激しい競争原理の下では弱者が社会から排除される危険性が高い事を考慮し、排除ではなく仕事を通じて国民全体を社会的に統合する連帯の道を選択した 」(注6)との基本スタンスを示して、福祉国家路線の改訂的継承と理解されている。 失業率の高止まりの中、1999年5月「社会労働政策をEUと加盟国の共通の責任領域である事を全ての加盟国が確認 」(注7)したうえで、EUの憲法と言うべきアムステルダム条約の136条には「高水準の雇用の継続と社会的排除の撲滅の為の人的資源の開発」、137条には「労働市場から排除された人々を労働市場へ統合する」事が盛り込まれた(注8)。
    現在EUは、国家の枠を越えて人、物、金が移動する時代となっている。国境をこえた労働力の移動に対応して、域内諸国家の労働政策、社会保障制度の標準化・共通化を必須として、「社会的排除」をキーワードとする社会政策の統合を進めている。三位(所得保障、社会サービス、雇用政策)一体の統合と言われる展開の中で、福祉制度も就労を軸にして、労働の為の福祉(welfare to work)もしくはポジティヴ・ウェルフェア、ワークフェア(注9) へと動き、脆弱な人々(the Vulnerable people)とされる女性、高齢者、長期失業者が政策のターゲットとされている。
    新成年後見制度は、その創設時の厚い社会給付が前提であった福祉国家の政策体系の中に位置づけられていたとすれば、そのシステムはこの社会政策の転換の中で、どう動くのだろうか。ワークフェアとの接点はあるのだろうか。
  3. 会議に先立って
    きびしかった残暑の東京から、9月10日、オランダに到着すると、当地は霧雨の中、夕暮れ時であり、冷たく薄暗かった。海より低い国(The Netherland)の運河を越えて走る高速道路から眺めた景色は、温帯モンスーンの広葉樹林帯と異なり、起伏の緩やかな国土が木々と砂地に覆われ、水平線とも地平線とも見分けのつかないひろがりであった。
    会場のホテルはしゃれたセミナーハウス風の低層の薄い色彩の館で、各国から参加者が続々集まっていた。翌朝、午後からのオープニングセレモニーに先立ち、私達日本からのメンバーに対して特別に、この会議の主宰者というべき2名によるのレクチュアが、会場を使って設定された。まずVU大学法学部助教授Kees Blankman 判事からレクチュアがあった。
    パワーポイントを使ってのレクチュアは、制度の説明から支援団体の動向も含む概括的なも のであった。私はEUの動向との関連、オランダの複数ある支援団体の実体、被後見人の年齢構成などに関心を抱き質問をさせていただいた。問題意識としては、その国の被後見人の年齢構成における若年層の割合は、コミュニティ・ケアの進展の度合いを示すであろうと言う事である。
    若く、判断力の水準が高い被後見人が多くを占めている場合は、後見人は被後見人の自己決定を尊重せずには信頼関係ある後見活動を成立し難いであろう。しかし自己決定を尊重するには、支援システムの整備が前提になければ危うい。会議での各国システムの報告が注目された。
     次に、IGNの中心的メンバー、ソーシャルワーカーのJochen Exler konig氏からレクチュアがあった。
     彼は北部ドイツでこの会議を主宰するIGNの活動の中心にいる若さ溢れる青年で、自信に満ちた話し振りで生き生きと報告をされた。どちらかと言うと被後見人の保護に重点を置く支援のように感じられた。
    彼の話は大変重要な事を話していると思われた。それは、中国からの移民の集団が高齢化していてその集団への支援等、日本人でドイツ在住の個人への支援などである。母国から国境を越えて、異なる文化、言語圏で生活してきた人々の、加齢による判断力等の衰えの中で発生する支援ニーズ、成年後見ニーズに活発に対応していることが語られた。また、若年層でも国境を越えた移動をして、異文化の中で精神機能の混乱(mental disorder)をきたす人々は増大しているとの指摘もあり、国境を越えて移動する人々の後見ニーズが指摘された。
     グローバリゼーション経済は工場立地を追いかけ、企業活動は世界を股にかけるのだから、労働者もまた国境を越えざるを得ない。その中で、個人においては家族制度、宗教など精神機能の根幹に触れる部分で様々な攪乱が起こるだろう事は想像に難くない。
     就労支援をメインテーマとする先進国の社会保障の転換の中で、国民国家的枠組みにおいて成年後見を考えてきた私にとっては、「目からうろこ」であった。支援しようとする生活自体に国境を越えて移動する中で起こる混乱があり、個人の精神機能の混乱は拡大し顕在化する契機に満ちていると思われた。
    今後成年後見ニーズをどの範囲で捉えるかにはよるが、成年後見ニーズは世界的に拡大傾向と思われた。この感想を立食パーティの場でJochen氏にお伝えした所、「その通りである」と多くの活動の経験から確信に満ちた回答をいただいた。
  4. 会議の印象
     会議のプログラムには「法律および法的枠組み」から「後見人や代理人の体系化方法」など5つの議題が設定され、「オランダの開催者や主宰者側に、IGNの膨大な知識と経験を学び取る機会を与えること」とその開催の目的が述べられている。
    ① ドイツ世話法とコモンロー諸国の動向
    レジメによれば、ドイツ世話法は後見ニーズ拡大の中で後見人の報酬の財源問題を抱え、数度の改正を経ているが、1992年の3つの原則(必要性、自己決定の尊重、能力推定)は3度目の2005年改正でも堅持され、個人的世話の原則をも守っている。一方のコモンロー諸国の代理をベースにした後見活動でも個別プラン(personal planning documents)を求めている。双方ともに、パーソナルな領域の世話をする後見活動において、個々人が固有にもつ生活文化への配慮は不可欠との認識は共通であった。このように個別性が問われる成年後見活動を、グローバルな動きの中でどのように進めて行くのかが問われるのであろうか。
    概して、契約法への補完的な制度、持続的代理権の形式で後見的な支援を行なうコモンロー諸国の報告には活気が感じられた。ドイツ法を牽引したといわれるオーストリア法でも、裁判所関与の後見のオルタナティヴとして、持続的代理権の活用が導入されており、筆者もそのパンフレットを手にすることができた。代理を根拠にする後見活動は、現場での本人意思の確認、後見人、被後見人の権利・義務関係の特定、能力回復後の権利回復において、本人意思、状態がダイレクトに反映されやすいのであろうか。 福祉的制度に近い形式で包括的に後見活動をコントロールする形式と比較して(鑑定手法とも係わる問題だが)運用はシンプルになるのであろうか。

    ②被後見人の保護と自己決定の間で
    成年後見の活動には、被後見人の保護と自己決定の尊重という二つの要請があろう。
    自己決定権をより尊重する側に位置していると思われるオーストラリアからの報告では、後見人は経験10年と包括的な領域(保健医療、哲学、倫理学等)の教育を受けて仕事に従事するとの事だが、年収43~47,000ユーロ(700万程)が保証されているという。
      ここでは医療措置への拒否を含む判断が議論の一つの中心となり、アメリカでの同様の事例の紹介があった。オーストラリアとアメリカのグループとは意気投合した様子で、双方から互いをサポートする意見が飛び交う状況であった。彼らの表現では“It is extremely important that guardians are professional,ethical and accountable”ということである。またアメリカ(カリフォル二ア)の発表では医療同意の原則を始めとするさまざまな事務執行の原則が整理され、移民等の多文化問題(cultural differences)についても原則をもうけるなど、理論的バックボーンのある緻密な実践と言う印象であった。
    この発表に対してオランダのあるグループが医療的診断の厳密さを主張して討論になる場面があり、能力判定における医学モデルと生活機能モデルとの違い、センのケイパビリティの応用なども議論されていた。
    その後の分科会ではこのグループになる高齢者への虐待への実践報告を聞いた。虐待リスクの高い人々が類型的に特定され、被虐待者の写真も掲載されている。この問題は後見人側が権利行使して介入すべき問題であるだけに、専門家のパターナリズムについて考慮されなければならないのであろう。被後見人の保護と自己決定のバランスが問われる場面では、キーワードは“substantial harm”(実質的な危険)であろうかと思われた。
      被後見人の自己決定を尊重するには、後見人の職業的倫理と責任意識の徹底に加え、保健医療等との連携システム、後見人候補者の権利義務規定、後見人登録ルール、被後見人の相談機関の充実、後見活動を行なう側への保証、そして家族後見人、ボランティア後見人への教育などの後見活動支援システムが重要であろう。会議では、これらの点についてもさまざまな実践が報告されて、意味深い内容であった。
  5. 施設見学など
    ①知的障害者施設(Esdege-Reigerstaal)見学
     オランダでは、知的障害者施設を開放し、現在は最重度者を除く100以上に及ぶ地域内の住居で2200名の地域生活を支援するプロジェクト“Supported Living Own Choice”が進められている。解放された施設の職員はそのまま地域生活支援のスタッフとして働いているが、当事者の自治組織が作られ、当事者が中心的に意思決定し、自分自身のケアについても、担当者の指名を含むマネージメントを当事者が行なうという。
     当事者には自閉症、知的障害、統合失調、薬物依存、脳器質欠損などのグループもあり、医療的なケアによる対応が主要なグループも存在する難しいプロジェクトのようであった。 公的資金が投入されていて、家族などインフォーマルなネットワーク、警察機関、地域住民等と連携して当事者の地域生活を支えているが、そこに“some kind of legal guardianship”との組み合わせを求めているという。日本では考えられない事態だが、スタッフはまとまりの良いチームで、共同での報告の中に自信が伺えた。

    ②自治体の事業の動向
    13日の昼食時に、特に日本からの我々のために、自治体の新しい試みについてお話をいただ だける機会があり報告者を迎えて皆でテーブルを囲んだ。公的な補助金を投じて行っているこの事業の内容は、説明によれば、ホームレスを含む長期失業者などの人々(the vulnerable people)に対する就労支援、求職支援(パート等も含む)を含む生活支援事業であった。
     筆者はは新宿区のホームレス支援の事業と似ていると思いながらお聞きしたが、能力水準も高く、日々状態変化する、薬物依存症・精神疾患による元施設生活者、更正中の人々などの就労支援を含む生活支援事業のようである。ここでは犯罪の被害もおこることが考えられるので、司法と関与しつつ、後見人の身分で介入する場面が必須であると思われた。
     この事業では現場で後見人として介入できるコーディネーターを今年度24名の育成が目的との事である。 具体性のある事業目的で、、たとえ事業が財源問題等で中断してもその成果は生き続けるであろう。
     この事業は、EUの欧州社会モデルによるワークフェア、脆弱な人々に対しても仕事の機会を保証しようとする政策の一環であり、この中での後見活動の位置が示されているのではないだろうか。
  6. おわりに
     海より低い国オランダ、そこでは水路に囲まれた家々の窓はきらきらと磨 かれて、美しい家具調度が暖かい灯りの中に浮かび上がっていた。信仰は、「資本主義の精神」と共にあったというプロテスタンティズムの国、巷には「飾り窓」が並び、ベッドと共に我とわが身を晒す公娼達が坐っていた。資本主義の勃興期に資本主義を牽引し、20世紀の終わりにEU統合の中核に位置したこの国の現在の姿であった。
     そして私には、21世紀世界の後見のニーズは拡大するだろう事、欧州社会モデルは脆弱な人々に対しても仕事の機会を保証しようとして、成年後見制度を求めていること、それが見えたような国際会議への参加であった。この会議の参加計画に尽力された皆様に深く感謝を申し上げる。
(注1)香西泰 「通貨統合は大いなる実験」 日本経済新聞 2006年10月2日P20  
(注2) europe Winter 2006 「欧州統合の社会的側面」244号 P3 
(注3)慶応義塾図書館EU資料センターホームページ参照
(注4) 衣笠哲生 「EUと欧州社会民主主義」 進歩と改革552号5頁P2/7 http://homepage2.nifty.com/socialist-consort/Opinions/Kinugasa/Kinugasa97.html06/10/30
(注5)厚生労働省 「1995年海外労働情勢」 第3章第1節1(2)社会政策に関する白書 P1 http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpyj199501/b0058.html 06/10/30
(注6) JILPT:The Japan Institute for Labour Policy and Training 労働政策研究報告書 2004「先進諸国の雇用戦略に関する研究サマリー」P3 16-18行目  http://www.jil.go.jp/institute/reports/2004/documents/003_summary.pdf 06/10/30
(注7)前掲(注2)3頁
(注8)中村健吾「欧州統合と近代国家の変容」297頁(昭和堂2005年)
(注9)鈴木宗徳「自由放任型個人主義からの個人化のポリティクスへ」9頁 (唯物論研究協会電子ジャーナルホームページ参照)

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